2021年5月29日土曜日

私にとってのコロナ④

 自分の情緒不安定を自覚した後は、図書館や本屋に行った。私は答えの出ない困難にぶち当たると、いつもそこに行く。


  




図書館と本屋は、小さい頃から一番心細いときに、私に寄り添って少し先の光を見せてくれた。めくるめく妄想にも、好きなだけ酔わせてくれた。大好きで信用のおける幼馴染のようなものだ。



脳の本、介護の本、死の受け入れ方の本。

家族の死に直面した人々の経験や、脳梗塞後の脳の影響、認知症、「介護の何がそんなに大変なのか」を知って、私の人生のコンパスをどこに向けるか決めたかった。


   





私は美術史が好きで、後世に名を残す芸術家にいろんなタイプの人がいることを知っている。若い頃からエリートとして才能を認められたミケランジェロタイプ。自分の作品の価値が、生きている間には認められずに、死後世界中に名声を轟かせるゴッホタイプ。後者は、どうして、自分の芸術の価値を信じれたんだろうと疑問に思っている。何を信じて生きていたんだろう。どうしてその強さを持てたんだろう。周りの人の誰もが、その価値を認めていないときに、どうやって作品を作り続けられたんだろう。










父の声が聞きたいと思った。「お〜い!ひろこぉー!」と、最後の母音にアクセントをおく、あの訛りの強い九州弁で私の名前を呼ぶ声を聞きたかった。小さい頃から覚悟とか勇気とか正義とかそんなことばかり教育された。父は私が女だと知っていたのだろうか?

ピント外れの教育ばかりをしていたのではないか。とはいえ、残念ながらその父の価値観が、私は好きだった。





おかげで、私は中学生の頃には、下級生を呼び出す不良に説教をしに行ってたし、合唱コンクールをサボる不良の男子生徒を怒鳴りつけたりしていた。「やりたくないならそう意見すればいい。やりたくないから他の人に押し付けてサボるなんて、卑怯な行動だ。」私は弱いものいじめを見なかったふりをしたり、酷い目にあっても泣き寝入りすると、自分がすべきことをしていない気持ちになる。何よりも苦痛に感じる。そういう人間になってしまった。




「勇気ぞ。大人になると大きな家とか車とかそういうことを追いかけて生きるようになる。でも自分が本当に信じていることを守って生きることを諦めたらつまらない。それが勇気ぞ。よ〜か未来ば作るとぞ。がんばれぞ。」




ピントの外れた人間になってしまった。私という人間のアイデンティティは父の九州男児としての勇ましくて不器用な価値観からできている。父を失うことが怖かった。





どんな形でもいい。それでもいい。それでもいいから生きていて欲しかった。

奇跡を信じて、自分のできることに集中するしかなかった。

         


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