2021年5月3日月曜日

私にとってのコロナ①

 



父が好きだ


九州弁で、小さくて、太っていて、ばっちり二重で、声が大きくて

元気で、冗談が好きで、小さなことにとらわれない。

相手を落とす冗談を平気で口にするのに、なぜか嫌われない。

歴史と政治と経済が好きで、難しくて長い話をたくさんしてくる、ちょっと煩わしい父。


脳梗塞を何度かやってから、大雪の日以外は毎日散歩していた。

4時に起きて散歩して、新聞を複数紙読んで、朝ごはんを食べて

大声で「ごっそさん!!!」と手を合わせる父。

とびきりの自立心も自律心も持ち合わせ、生きる力の強い父。

脳梗塞を何度やっても、手術に恥じない努力を重ね、歩行、食事、会話に困らない父。


去年の七月までは。


散歩中に骨折をして、血液がサラサラになる薬を飲まずに手術をし、

最大の脳梗塞を起こした。


あの日のことを覚えている。

母に呼ばれて病院に行った。母がなぜ病院に呼び出すのか言わない理由に、答えがあると思った。母は中卒で看護士の見習いを初め、父と結婚してからは自営業の手伝いをし、九州男児に嫁いだお陰で、家事も3人の育児も、全て一人でこなした。ブラック企業、上等!!と、多分タマシイに刻まれている、ガッツと根性を体現したような人間だ。なんでも自分でやって、誰かを頼ることがない。私は、母より気が強い女性を、現世で見たことがない。その母が、私の都合も聞かずに、理由も言わずに、病院にすぐこいという。「ごめんね、今すぐ来れる?お姉ちゃんたちも来ると思う。」


何をどうあがいて考えても、心の準備をするしかなかった。


コロナで病床が逼迫していると連日報道していた時期の、救急病棟の医師は、非常に疲れていた。使う単語は古めかしいし、医学用語は出てくるし、全集中をして話を聞き、感傷を挟む暇もなかった。父はこのままだと数日の命だという。脳の手術を行うことはできるが、せめて60代までにしかお薦めできない。成功する可能性も低い。80代の父が行っても、延命するという定義に当たるのかどうか。もし手術がうまく行っても、左側の麻痺が治ることはないから寝たきりになる。要するに、その「おすすめでもなんでもない、なんなら、それが死の原因になるかもしれない」手術をするかどうかを、すぐに決めるために、私たち家族は集められたようだった。手術を決めなかったら、数日で父の寿命が来るという。どちらにしても最悪だ。


父の病室に通された。脳梗塞が進んでいる最中で、父は左の視界がないようだった。

私たち三姉妹は、それぞれ家庭があり、久々に父に会った。もしコロナが収まれば家族で旅行に行こうと言いながら、緊急事態宣言が解除されたが、各自に自粛を求められていた時期でもあり、旅行をキャンセルしたばかりだった。

「旅行に行くはずだったのが、こげな場所に集まってしもて」となかなかのシチュエーションでブラックジョークを放つ。

一番上の姉の旦那は、背も高くて、90キロ以上のよく食べる人だ。ダイエットを繰り返しては、痩せたためしがない。元気で食欲旺盛で、父と会うと姉にどうしいたげられているか話し、父は「わるか奥さんじゃねぇ!」と言って毎回爆笑していた。父は、義兄が元気かと姉に聞き、姉が元気だよとこたえると、「コロナが逃げてくじゃろ」といつも通りの毒を吐いた。母が手術を頑張って欲しくて「もうちょっと頑張ってね」と手を握ると「ちょっとでよかとか?」と返していた。私たちは、重要なことは何一つ話せず、ただ、父のいつも通りの冗談に笑って、面会時間が終わってしまった



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