つたえおばちゃんのこと
今年の三月につたえおばちゃんがなくなりました。
83歳だったそうです。
つたえおばちゃんは、私の父の姉ですので
伯母にあたります。
15年以上前に、何度かおばちゃんの家に泊まりにいってました。
おばちゃんは九州の久留米にある小さな一軒家に住んでいて
たくさんの鶏と二匹の犬を飼ってました。
犬の名前はチロとゴンパチ。
チロって面白い名前だなと思った私は、なんでその名前にしたのか聞きました。
「前飼っていた犬もその前もチロやったけん。おぼえやすかろが。」
と得意げに言い、楽しそうに笑いました。
つたえおばちゃんに敵う人は、なかなかいないのです。
ちなみに、つたえおばちゃんの声は、よくとおって暖かく響く
結構かわいい感じの声です。
つたえおばちゃんの名前は、産まれた時に荒神さんが決めました。
荒神さんとは火の神様の意味で、民間信仰らしい。
占い師のような力を持つ人です。
「一生独身で、大木につたって生きていくような生き方をするのでつたえ」
だそうです。たしかに最期までつたえおばちゃんは独身でした。
つたえおばちゃんは自分の信じた事しか、口にしません。
恐ろしく正直で核心をつきます。
「最近の若奥さんは、スープにちっと虫が入っとる位で文句ばいうげな。(文句をいうそうだよ。)
手でとればよかつに。どげんこつあるかちいわなんご!!(どれだけのことがあるっていうの。たいしたことなんてないでしょう?の意)」
どげんこつあるかちいわなんご!
私は、これほどパンチ力のある日本語を聞いた事がありませんでした。
その真っ正面からのパンチ力の強さが、なぜか心に染みました。
夜はお布団を並べてテレビをみながら寝ました。
当時流行ってたNHKのドラマ。
二人でお布団を並べ、電気を消して、テレビをみながら寝ようとしていました。
私はハタチそこそこで、親にやってはいけないといわれた事を、
大人がすることに違和感がありました。
「つたえおばちゃん、電気をつけずにテレビを見たら目が悪くなるんじゃないの?」
「ひろちゃん、映画館ではこげんじゃろ。電気はつけよらんばい。」
夜中に二人で爆笑しました。
*こげん=このような感じ
つたえおばちゃんの事を考えると、地平線にまっすぐ向かっていく
船にのっているような気持ちになります。甲板に立ち、波しぶきを受けながら
太陽に向かってどんどん進むような誇らしげな気持ち。
自由で開放的で力が湧いてきます。
つたえおばちゃんのお葬式には、親戚も家族もしらない、若い夫婦や近所の人がたくさん来ました。おばちゃんは自分の畑で育った野菜や、旬の魚を使った料理が上手でした。
共働き家庭に夜ご飯をもっていき、ぶっきらぼうに渡したり、
庭の畑で子供を遊ばせたりしていたそうです。
つたえおばちゃんは、自家製の柚子胡椒や梅干し、手編みのセーター等を家族の人数分送ってくれてました。我が家は全員愛用しています。かるくてあったかくて結構おしゃれでした。
届く年賀状にはいつも「あけましておめでとう」の1行しか書いてありませんでした。
つたえおばちゃんちには、つたえおばちゃんがいなくても、いろんな人が集まってきます。近所の病院の婦長さんが、「かって知ったる他人の家。」と言いながら
お茶をみんなに入れ、こたつを囲んでおしゃべりしていました。
荒神さんの言う、つたの這う大木自身が、
つたえおばちゃんだったようにも思います。
いろいろな人がつたえおばちゃんを中心に集まりました。
嫌いな物には感情から嫌いだと言い、
正しさや常識を笠に着て他人を批判することもなかった。
自分の不完全さも他人の不完全さもひっくるめて惜しみない愛情を注いでくれました。
最期は長年つれそったゴンパチの隣できれいに寝ていました。
発見されたときゴンパチは、小さい声で泣いたそうです。
ハタチぐらいの頃に、私が憧れていたのはジャンヌモローで、
その次はジーナローランズみたいになりたいと言ってました。
最近まではマザーテレサでしたが
今は、つたえおばちゃんが血のつながったおばさんである事を、
誇りとして生きていこうかと思います。
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