実は理由がもう一つ。
どの家族にも、それなりに
うまくいかない事や事情があったりすると思うのですが、
けんしんが産まれてから、
我が家はどんどん繋がりをとり戻したのです。
ニコニコ笑うけんしんを見たくて
家族が集まり、何を話す訳ではなくとも
なんだか幸せな気持ちになり、
なにかしら、孫がらみの用事を作っては会うようになり
なんだかとても良い家族になっていったのです。
その度に、私はどきどきしながら
けんしんを、
「一番欲しかった物をいきなりプレゼントしてくれた太っ腹なサンタクロース」
のように感じるようになりました。
子どもってすごいなあと心から思います。
ちいさくて無力のように思えて、
「人を幸せにする」という人間にとっていかんせん大きすぎる仕事を
巨大なブルドーザーみたいなパワーで成し遂げていくときがあるからです。
いかんせん、私はヨガおたくで
いつも人生の難しい事はヨガ先生に教わっていきてきたので、インド人に弱いです。
人間が産業革命以降失ってしまった自然と調和する生き方を、
多分学問的に知っている、とてもマイペースな人種に感じています。
大雑把に言うとサティッシュさんはマハトマ・ガンジーの弟子の弟子です。
本の中でサティッシュさんがいう教育の話に、educareという単語が出てきます。
「Educareは教育を意味するeducationの語源でラテン語で「引き出す」と言う意味です。
子ども達は、どんなものにでもなれる可能性を秘めていて
教師や親の役割はその可能性や素質を引き出すことが教育の語源だということです。
でも残念ながら今の教育では
こどもを空っぽのバケツのように考えていて、どんどん知識を詰め込もうとします。」
昔、白州正子さんの「花日記」という本に
花にある個性というか全生命のようなものを活かすのが、生け花だというような事が書いてあり、なぜかそれが教育だと思いました。
前衛的な華道だと、花を針金でしばりつけたり、ペンキで塗り付けたりするけれども、それは生け花ではないと。
子どもってうまれながらに性格をもっていて、すごく良いものをもっていると思っています。ただ埋もれている。なにもないわけじゃなくて、すごく悪く産まれてきてもなくて。埋もれてたり方法を知らなかったりする。
植物を育てるのが上手な人のように、良く観察して自然ともっている良い物をひきだす事ができるといいなと思います。

0 件のコメント:
コメントを投稿